NESOMANIA

「ネソマニア」自分自身ではすごく”良い響き”の言葉であると思っていて「ハンドルネーム」としてかなり長く(かれこれ20年以上)使っている。意味合いとしては「南国熱中人」(南国生活に恋いこがれ、実際に行ってしまう人)と自分で定義しています。

昔の映画で「南太平洋」ってので「バリハイ(伝説の楽園)」って唄が有りましたがいつ聴いても良いですね。

-作品解説-

 リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2のコンビは、1943年の第1作『オクラホマ!』から、1959年の『サウンド・オブ・ミュージック』の間に合計9編のミュージカルを発表しているが、『南太平洋』は、その第4作目にあたる。原作は、1947年のピューリッツァ賞を得た、ジェームズ・ミッチェナーの『南太平洋物語』(第二次世界大戦中に南太平洋の島々で起こったいろいろな挿話を集めた短編集)であり、その中の「フォー・ダラー」と「われらのヒロイン」のふたつの挿話に基づいて構想されている。前者は海軍の若い将校と現地の娘の悲恋物語、後者は従軍看護婦とフランス人の農地主のロマンスを描いたものである。
 この作品は、第二次世界大戦を扱った最初の本格的なミュージカルとして注目されたが、それに加えて、メトロポリタン歌劇場の世界的オペラ歌手エティオ・ピンザとミュージカルの女王として人気の絶頂にあったメリー・マーティンを共演させたことが話題となった。しかし、大ヒットの一番の要因は、なんといっても、すばらしい歌の数々にあると言えよう。ブロードウェイ・ミュージカルが映画化されるとき、幾つかのナンバーがカットされたり、舞台にない新しいナンバーを書き加えたりすることがよくあるが、『南太平洋』が映画化されるときはステージ版の15のナンバーすべてが用いられた。このことを見ても、このミュージカルがいかによくできたものかが分かるだろう。
 『南太平洋』は、1949年4月7日にプロード・ウェイのマジェスティック劇場で初日のフタを開け、1954年1月まで、1925日のロング・ランを行っている。

-あらすじ-

 南太平洋に浮かぶ美しい小島。ここにも戦争の影はしのびよっていた。ある日、特別任務を帯びて、ケーブル中尉がやってきた。彼は戦前から島に住むフランス人の農場主エミールに、日本艦隊を監視するための案内役を頼もうというのだった。だがエミールは、美しい従軍看護婦ネリーを愛しており、彼女も彼に好意を寄せている。危険な任務を承知するはずもなかった。
 しかたなくケーブルは休暇をとり、島で兵隊相手の土産売りをしているブラディ・メリーの案内で、魅惑の島バリ・ハイの見物に出かける。ここで彼はメリーの娘レイアットに紹介され、ひと眼で彼女を好きになった。けれども、彼は結婚ということになると、人種的な問題が頭をかすめ、決心がしきれない。メリーはレイアットに、彼と会うことを禁じた。
 一方、エミールの農場では、ネリーが幸せな恋に酔いしれていたが、いつもここにいるふたりの混血児が、原住民の妻とエミールの間にできた子供であることを知り、深く心を傷つけられ、去ってしまう。ネリーを失ったエミールは偵察行を承知した。彼とケーブルは、日本軍の背後に回ることに成功したが、ケーブルは戦死。更に、ネリーのもとへは、エミールの行方不明の報も届けられた。この知らせによって、ネリーは自分のエミールへの愛がいかに深いものであったかを知り、ふたりの子供の面倒を見ながら、ひたすら彼の帰りを待つことを決意する。
 ある日の夕方、ネリーと子供たちの前に軍用車が止まった。エミールが戻ってきたのだ。南の空に明るい笑い声がこだました。

-曲目解説-

1.魅惑の宵

 フランス人の農地主エミールが、年の差を越えて愛するネリーを想って歌う歌。ロマンティックな旋律の美しさでは、ミュージカル史上不朽の名作である。

2.女が一番

 南太平洋の島で戦争にそなえる若い兵士たちが合唱する陽気な歌。若者ならではの、女性に対する多感な思いが、ユーモアたっぷりに歌われる。

3.春よりも若く

 バリ・ハイ島で美しい娘レイアットに出会ったケーブル中尉が、彼女をたたえて歌う歌。比較的フラットな曲でありながら、ドラマティックな魅力を持つ。

4.私に告げて

 人生の楽しさを知ったとき、人生の美しさに憧れたとき、それは恋のしわざであることに気づく。小さな子供たちが無邪気に歌う、ほのぼのとした歌。

5.ハッピー・トーク

 ブラディー・メリーが、娘レイアットとケーブル中尉が結婚しそうなのを見て歌う歌。「夢を持って」「語り合う」若い男女の活き活きとした喜びに満ちている。

6.バリ・ハイ

 「パリ・ハイ」とは「あなただけの特別な島」。あなたを呼ぶ声がどこからともなく聞こえてくるはず…。ブラディー・メリーが歌う。幻想的でエキゾティックな香りの漂う歌。

南太平洋・バリハイの島
タヒチ島からフェリーで30分。かつてゴーギャンが「古城のような島」と表現したその特徴ある神秘的な島の形状はタヒチ島からでも見ることができます。モーレア島はタヒチ島から見てちょうど西側にあたり、サンセットの時間にはモーレア島の方角に沈む夕陽を見ることができます。かつて「南太平洋」というミュージカルの舞台となった架空のポリネシアの山「バリハイ」のモデルになったと言われるモウアロア山が島の中央近くに聳えます。モーレア島を空から見ると羽を広げた鳥、あるいはハートのような形に見ることができます。島の北側にはクック湾とオプノフ湾という大きな湾が2つ。島の北側は風光明媚で、切り立った山肌が眼前に迫り、次々とシャッターチャンスが訪れます。モーレア島は何故か旅人に神秘的な古代ポリネシアの息吹を感じさせます。

モーレア島について
モーレア島には約10,000人の人々が住んでいます。タヒチ島から近く、毎日タヒチ島に通勤する人もいるくらいです。緑濃い山々は1,000メートルを超えるものもあり、海岸線から急峻な山肌を間近に見ることができます。またラグーンも美しく、緑と青のバランスがとれた「南の島らしい」島ということができます。島を一周する道路は約60キロ。島の北側にはリゾート・ホテルやみやげ物店、レストランなどが多くあり、レンタカーなどで島を簡単に一周することもできます。また宿泊しているホテルの周辺であれば、自転車などを借りてみるのも良いでしょう。2つの湾の間に聳えるロツイ山の背後には「ベルベデール」と呼ばれる見晴台があり、ここからは2つの湾を見下ろす絶景を楽しむことができます。途中、モーレア名産の果物加工場で、新鮮な果物を使ったジャムやジュースを楽しむこともできます。「ベルベデール」へは観光ツアーに参加するか、レンタカーなどでも簡単にアクセスできます。

モーレア島での過ごし方
モーレア島ではその目的に応じて様々な滞在が可能です。ゆったりと過ごしたい方は、水上バンガローのあるホテルでのんびりとリゾート滞在を。アクティブに過ごしたい方は、4WDツアーや数多いラグーン・アクティビティーにご参加ください。インターコンチネンタル・モーレアには、イルカと一緒に泳いだり、イルカの生態について学んだりできる「ドルフィン・センター」や、タヒチ産オリジナルのトリートメントで数々の賞を受賞した「エレン・スパ」があり、宿泊客以外の方の参加も可能です(要予約)。島の北側の道路沿いには、モーレアの特産品やパレオなどタヒチならではのお土産を並べたスーベニアショップや、新鮮なシーフードを売りにしたレストランなどが多くあります。また、ポリネシアの文化について深く知ることができる、ティキ・シアター・ビレッジも人気の観光スポットとなっています。

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