1970 Dodge challenger R/T

前の投稿で書きましたので”嫌いじゃあないんで”ちょっと調子に乗って書いちゃいますね。道楽親父(私)がちょうど高等学校に入学した年に公開されたアメリカ映画で主役のコワルスキーがドラックを使いながら大陸横断で陸送する車がこの1970年型のダッジ・チャレンジャー R/T でした。確か私は一日3回3週間くらい隣町の映画館に通った覚えがあります。少年時代の純粋な心 ?!? には新鮮で格好良く見えたんですねえ !

画像は黒い車のものをサイトから無理矢理パクりましたが、映画では”白い車”でしたね。

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確か1969年のピーター・フォンダ、今は亡きデニス・ホッパー、ジャック・ニコルソンの「イージー☆ライダー」(イージーライダーの☆が”通”ってなと頃ですよ ! )でも同じこと(映画館通い)をしましたね。私はワイアットの運転しにくそうなロング・ホークのバイクよりビリーのバイクの方が好きでしたが仲間からは何時も「どうしてだ ?! 」聞かれてましたね。みんなあの星条旗の描かれたバイクの燃料タンクとヘルメットにアメリカへの憧れが強かったのでしょうね。でも日本人にはどちらも乗り勝手は悪そうなバイクですよね。(画像はビリーのバイクのレプリカ)

1971年の映画「バニシング・ポイント」のストーリーを詳しく知りたい方は記事の最下部にある「続きを読んでコメントする… 」をクリックしてお楽しみください。

実は私「イージー☆ライダー」も「バニシング・ポイント」も DVD 持ってます !! Hehehehe!!

*この車は映画に登場するものとそっくりですが実は後にマニアがそっくり仕上げたレプリカだそうです。


カリフォルニアのとある田舎町。日曜日の朝の静寂を破る様にディーゼルエンジンの音が響く。朝日の中、道路の両側をゆっくりと進んでくる2台のブルドーザー。映画の冒頭、延々と映し出されるこれらの情景は、数時間後に起きる衝撃的な結末の布石に他ならなかった。

コワルスキーは、サンフランシスコとデンバーの間で陸送の仕事を生業としていた。間もなく土曜日を迎えようとしていたある金曜日の深夜、約束通りにダッジ・ポラーラをデンバーの馴染みの業者に届けた彼は、トンボ帰りでシスコに戻ることを告げる。帰りの脚でありシスコに届けるクルマはダッジ・チャレンジャーR/T。ハッキリいって急いで帰らなければいけない理由は何も無かったが、泊まっていけと声を掛ける業者の男を尻目に、「そう決めていたんだ」と呟きながらコワルスキーは夜のデンバーの街に消えていった。

何かに急かされる様にスロットルを踏み込みガングリップ・シフターを操作するコワルスキー。途中、馴染みのバーに立ち寄った彼は「スピード」(ベトナム戦で米軍が使ったとされている戦意高揚剤、覚醒剤の一種)を友人のマスターから買い、日曜日の朝までにサンフランシスコへいけるかどうかという賭けをする。ただし彼にとって賭け金などどうでも良かった。要するに走り続けることに対して、彼自身を納得させるための理由が欲しかっただけである。

コワルスキーは止まらない。スピード違反で止めようとした白バイのポリスを振り切り、途中からんできたジャガーはバトルの末に川へ叩き落とした。ただし彼はアウトロウではなかった。転倒した白バイの警官にケガが無いこと、そして川へ転落したジャガーからドライバーが無事這い出すのを確認してから再び走り出すことを忘れなかったことからもそれが良く分かった。

これらのバトルの過程で、コワルスキーの過去が彼自身の回想という形で明らかになっていく。彼は昔ダートトラック・モーターサイクルのレーサーだった。ベトナム戦争では陸軍の一員として戦火をくぐり、除隊後はサンディエゴで警官になった。警官を辞めた理由は弱い者苛めをし、ギャングから賄賂を取る仲間達との付き合いに嫌気がさしたからだ。

その後彼はストックカーレーサーへと転身。アグレッシブな走りで人気を集めたが、勝ち負けには淡白だったことから勝利には縁が無かった。レーサーとして一応の成功を修めたコワルスキーであったが、ひょんなことからアルコールテストを拒否、ライセンスを停止され足を洗った。以来コワルスキーは自由きままな陸送屋暮らしをしていた。白バイ警官をからかったのも警官嫌いからのホンの気紛れだったに違いない。

ところがこの気紛れがコワルスキーの運命を大きく変えることとなった。コケにされたコロラド・ハイウェイパトロールは、コワルスキーを許さなかった。ユタ州を通過しネバダ州に入った彼を待っていたのは、コロラド・ハイウェイパトロールからの連絡を受けたネバダ・ハイウェイパトロールだったのである。

執拗に食い下がる警察を尻目に、彼はただひたすらにシスコを目指して走る。ちなみに彼が警察とのバトルの過程で出会う様々な人物は当時のアメリカの社会問題の縮図に他ならず、ここで気が付くのは、それらの人物に対する当時のアメリカ若者社会の標準的な評価である。警察無線を傍受しラジオを通じてコワルスキーに情報を送る盲目のDJ、「スーパーソウル」はさしずめ反骨の象徴であり、砂漠でヘビを採る老人は善良な開拓者といったところだろう。コワルスキーを助けるバイカーの若者と、なぜかヌードでオートバイを転がすその彼女に対しても、ハミ出し者ながら残らずクールな存在として描かれている。

逆にこの映画に登場するあらゆる警官は残らずバカでマヌケかつプライドだけは一人前という鼻持ちならないヤツとして描かれている。ヘビ採りの老人と共にコワルスキーがガソリンを分けて貰いにいく新興宗教団体のリーダーも扱いは単なる変なヤツだ。中でも最低の存在として典型的に描かれているのは銀行強盗の果てに逃走中にクルマが壊れ、コワルスキーのクルマをヒッチハイクするゲイのコンビ。コワルスキーは車内で彼を脅しに掛かった二人組を容赦なく叩きのめし荒野に放り出すのである。

コワルスキーと彼の理由なき暴走はスーパー・ソウルの声と共に全米の知る所となった。スーパー・ソウルの許へはマスコミと野次馬が押し掛け、小さな街は騒然となっていた。スーパー・ソウルとコワルスキーの間には一種の連帯感が生れ、一方的なはずのラジオ放送にも拘らず、あたかも会話が成り立っているかのごとく映画では描かれているのが象徴的である。そんな時スーパー・ソウルは彼の放送を良く思わない私服の警官達にリンチされ、脅された結果コワルスキーに対してワナの情報を流してきた。彼の声がおかしいことから情報操作に気が付いたコワルスキーは、前述のバイカーの若者の機転で州境の検問を突破、短い旅は遂に終点近くのカリフォルニアへと入ったのである。

カリフォルニア州、ソノマのハイウェイ・パトロールはコワルスキーを逮捕するために小さな街にワナを張り巡らした。そう、冒頭に書いたブルドーザーのバリケードである。小さな街には噂を聞き付けた野次馬がヒーローを一目見るために集まってきた。ここに集まってきた人々は間違いなく善良な市民である。しかし映画での扱いは決して好意的ではない。単なる下らない野次馬でありそれ以上でも以下でもない。

日曜日の朝、警察から釈放されたスーパー・ソウルはコワルスキーに対して再びメッセージを送り始めた。しかしその声はもはやコワルスキーの許には届かなかった。信頼関係は終わったのである。止まってくれというスーパー・ソウルの悲痛な叫びが響く中、コワルスキーは涼しげな笑顔を浮かべたままブルドーザーのバリケードに突っ込んでいく。激突、そして炎上。死の直前に彼が見たものは一体何だったのか? 「挑戦者」という名のクルマと共に彼は一体何を求めて走っていったのだろうか? その答えは結局誰にも分からなかったし、今も分からないままである。

子供の頃に見た作品を大人になって改めて見直した時、余りにも印象が異なる映画となるとそう多くはない。「VANISING POINT」。消滅点、すなわちデッドエンドを意味する言葉をタイトルにしたこの映画は、少年時代の僕にとって大好きなクルマが疾走する痛快な作品という記憶しか残らなかった。もちろん結末は確実に見ていたはずであるのに。おそらく映画の全編に漂う一種せつない虚無感とショッキングなまでにマニアックなディテール描写が純真なコドモには理解できなかったため、記憶をしまった引き出しの場所を忘れてしまったのかもしれない。
映画の歴史上カーチェイスアクションを売り物にした作品は数多いが、主人公の駆るクルマを限定する作品はおそらくこれだけであろう。正義感の固まりの様なコワルスキーが反骨の走りをする相棒としてチャレンジャー以外に相応しい車種はちょっと考えられない。

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