日本を捨てた男たち … 続き

 この本のタイトルとこの著者がマニラ新聞の関係者でなかったらならあまり興味を持たなかったであろう。かつて人気を博した「浜 … 」何とかと言う女性の著作ではね !

 私が何時も書くようにこれはすべてが「自己責任」で解決しますね。豪華な生活をしても、極貧生活をしても、周囲から尊敬されるような存在になっても、犯罪者に成り下がって獄中生活を送っても、それは日本に居ても何処の国に居ても常に人には起こりうることであって、そのすべては自分が責任を負わなくて誰が負うのでしょうか ? 社会制度や環境の責任、自分に関わった人の責任にするのはあまりにも自己中心的な考えを持った生き方では無いでしょうか ?

「自己責任」実に良い言葉ですね !!

 「日本を捨てた男たち」このタイトルは考えようによっては「日本に捨てられた男たち」と考えても良いのではと思われる記述もありますね。フィリピンの暖かさをただ単にキリスト教徒と結びつけるのは如何なものでしょうかね ?!? そうばっかりじゃあない理由がそこにはあるのではないでしょうか !?!

 一番気に入らない箇所と言うか記述の仕方はこの本の中に出てくる困窮邦人の「入り口」というのが日本国内のフィリピン・パブで出会ったフィリピン女性に嵌ったということが原因であるかのように書かれていることである !! そんなことはどうでも良いことなのだ … 男が異性にひかれてその人生を誤ってしまうケースは日本人と日本人の結婚の場合も起こりえるケースなのですからね。たまたま困窮邦人の多くがフィリピン・パブでフィリピンという国との関係をスタートさせたということですな !!

 なぜなら私の嫁はフィリピン・パブの「第2期黄金期」の1980年代〜90年にかけてのフィリピーナなのですから … !! あまりフィリピン・パブとの関係を悪く書かれるのは感じの良いものではありません。ただ”魅惑のフィリピーナ”も今では街で良く見かけるただ”腹のでっぱた太った中年フィリピン女性”ですがね。

 でもマニラ新聞の記者という特殊な立場での取材ソースがあるがために書けた内容であるということでは評価に値する本ではないでしょうか ?!?

フィリピンはインドネシアと並ぶ労働力輸出国である。そのほとんどが、介護を含む家事労働に従事する女性で、その待遇は現代の奴隷と比喩されるくらい過酷なものである。彼らはその過酷な労働で得た賃金で本国の家族を養っている。稼げるものが稼ぎ、稼げないものは稼げるものにぶら下がっていいという社会常識のもとで、どんなに苦労して稼いでも、稼いだ人がその稼ぎを自分のために使うことはできないし、自分の思い通りに人生を生きることも許されない。それがフィリピンにあって日本からは消えてしまったすばらしい家族の絆の別の側面ではないのか。

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