がんばる

 頑張れよ〜 !  お前もな〜 !!

■ 被災地・被災者はもう既に充分以上がんばっている。
■ 若い人に「がんばる」という言葉はネガティブな印象がある。
■ 政治・行政の怠慢につながっている。

 被災地は復旧に向けてこの二ヶ月間いろいろな方が尽力なさって、インフラは回復しつつある。長い期間の避難所暮らしに耐えていらっしゃる方も大勢存在している。特に東北は地域性もあって、あまりいろいろなことを要求せずに、黙って苦難に耐えるという方が多いという。ボランティアをしたある方によれば、ほんとうに必要な物資を聞き出すことも大変だという話も聞いた。それだけ慎み深いともいえるし、他地域の人間になかなか本音を明かしてくれない、ともいえるだろう。
 
 ともあれ、そういう方々に対して更に頑張りを強いるような言葉を、外部の人間が吐くべきだとは、私には思えない。原発の被害で苦しむ福島県にしても、放射線の被害がどこまでのものなのか、情報が二点三点して精神的に疲弊しているように感じる。もうこれ以上、県民や自治体の努力や尽力でどうなるものでもない状態。これほど「がんばろう」という言葉が空しいこともないのではないだろうか。

 「がんばる」という言葉には励ます意味で使われているのは分かる。「がんばれ」と言われるたびに「一体、何を、頑張れというのだろう?」と反発に近いことを感じることの方が多かった。
 
 「がんばろう」には、無意識のうちに「もっと」という前置詞が隠されている。「力が足りていない」という意味も内在されている。そういった言葉を安易に使えば使うほど、発言した人と当事者との距離は遠くなっていく。

 この二ヶ月間で明らかになったことは、政府・行政のガバナンスが欠如している、ということ。

 例えば、計画停電にしても、節電にしても、まずはそうならないように対策を練るべきで、一般国民に「耐える」ことを求めるような政策をするならば、それなりの働きをしてもらわないとね、と個人的には思うのだけれど。福島第一原発への対応が二転三転している様子や、一向に明らかにならない義捐金の配分とか、被災地に負担が長くなりかねないようなことばかりのように感じる。

 まぁ、要するに、「がんばろう」と音頭を取っている政治家の皆様こそ、死ぬ気で頑張って頂かないと、復興どころじゃないんじゃないか、思うわけですよ。「がんばろう」という言葉に隠れて、電気料金を値上げしたり、「復興税」なるものを持ち出している動きに関しては、まさに政治・行政が「楽をしよう」としていることなので、厳しい目でチェックし続けなければいけないだろう。

 以上の三つの観点から、「がんばろう」というのは直ちに止める必要がある、と考える次第 … !!

 と言いながらいつものように言いたくなっちゃうこの私です。
 頑張れ 俺 !

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